会社の費用は、固定費と変動費に分類できます。固定費と変動費の違いを理解することで、会社の経営状態を改善する手がかりが得られます。
この記事では、固定費と変動費の違い、よくある費目・科目や売上に対する割合などを、建築設計事務所を例に解説しています。
設計事務所の代表やスタッフ、これから独立を目指す方向けに解説していますが、内容としては中小企業の経営者全般に参考となる基本的な経営用語や考え方をまとめています。
会社経営をコントロールするためのツールである管理会計については、3-1 管理会計とは?経営者の会計、税務会計との違いを、この記事の前提となる売上・費用・利益の関係については、3-2 売上・費用・利益の関係とは?設計事務所の経営(1)をあわせてご覧ください。
固定費と変動費とは?費用の分類方法
会社を運営するために必要な費用は、固定費と変動費に分類できます。
固定費とは、会社の売上状況にかかわらず発生する費用のことです。売上が発生しなくても定額で発生する費用なので、固定費と呼ばれます。
変動費とは、売上額に応じて変動する費用のことです。物品の仕入費用や、外注費などが変動費にあたります。
固定費や変動費の適切な割合は、業界や会社の規模により異なります。建築設計事務所を例に、具体的な項目や割合などを紹介します。
設計事務所の固定費の種類、適正な割合は?
設計事務所の固定費は、どのような種類があるのでしょうか?
一般的に、会社の固定費は人件費、会社運営のための固定費、売上獲得のための投資的な固定費の3種類に分類することができます。
下記の図では、設計事務所の変動費と固定費の売上・限界利益に対する割合を紹介しています。設計事務所の費用は、固定費の割合が大きく、そのなかでも人件費の割合が大きいことがわかります。
それぞれの固定費に、どのような費目・科目が計上されるかを紹介していきましょう。
人件費
設計事務所の固定費の多くは、人件費が占めます。設計事務所の人件費は、売上の40~50%、固定費の約55~65%が目安です。
人件費の比率の目安
売り上げに対する比率 | 限界利益に対する比率 | 固定費に対する比率 |
40~50% | 50~60% | 55~65% |
設計事務所は人件費の割合の高さゆえに、労働集約型のビジネスとも呼ばれます。
人件費のなかには、役員報酬、スタッフの給与・賞与、社会保険料が含まれます。人件費のなかでも役員報酬やスタッフの基本給は変更が難しいため、取り扱いの難しい固定費と言えます。
一方、賞与や残業代などは人件費のなかでも変動要素のある固定費です。人件費の割合が多い設計事務所の場合、これらを組み合わせて給与の支払い方法を工夫すると良いでしょう。
人件費の例
費目・科目 | 内訳 | 目安 |
役員報酬 | 代表取締役や役員の報酬 | 限界利益の 15~20%程度が適当 |
給与 | スタッフ(社員)の給与。 基本給・残業代・各種手当・通勤交通費などが含まれる | |
賞与 | スタッフの賞与 | |
法定福利費 | 役員報酬や給与にかかる社会保険料。 健康保険・介護保険、厚生年金保険・労災保険、 雇用保険の5種類が該当 | 役員報酬・給与の 15%程度 |
福利厚生費 | 社内行事・懇親会などの費用、社内制度の費用 | |
退職金 | 経営者の引退に備えて設定されることが多い。 法人用の生命保険で退職金原資を賄うのが一般的 |
会社を運営するための固定費
固定費のなかでも会社運営のために必要な費用を、このサイトでは会社運営のための固定費と呼びます。
オフィスの賃料などの地代家賃、税理士などへの支払手数料、PCやプリンターなどの消耗品費、CADソフトやグループウェアの費用などが挙げられます。
会社運営の固定費は、売上を生む効果が得られにくいので、削減することに合理性があります。
とはいえ、こうした固定費も、投資的な固定費になり得ます。例えば、BIMの導入により提案力を高めて受注率を改善したり、グループウェア導入により生産性を向上することは、投資的効果が見こめます。
「固定費=無駄遣い」という感覚ではなく、どうしたら会社の成長につながるような活きたお金の使い方ができるのかを模索するのも、経営者の仕事と言えるでしょう。
設計事務所の会社運営のための固定費
費目・科目 | 内訳 | 目安 |
地代家賃 | オフィスの賃料(家賃) | 6~10万円程度 |
支払手数料 | 税理士費用、弁護士費用など | 2~3万円/月 |
消耗品費 | 作業用のPCなど。 中小企業は30万円未満であれば一括償却できる | |
水道光熱費 通信費 | 水道光熱費やインターネット料金、携帯料金など | |
ソフトウェア (資産) | CADなどのインストール型のアプリケーション。 中小企業の場合、30万円以上のものは資産計上が必要となる | |
支払手数料 | クラウド型のアプリケーションの利用料。 Gsuiteやteamsなどのグループウェアの費用、 会計や給与計算アプリケーションの費用。 AdobeやMS Officeなどの業務に利用する月額支払い型の費用 |
売上につながる投資的固定費
固定費のなかには、売上獲得につながるような投資的な費用があります。
投資的な固定費には、広告宣伝費や交際費といった営業やマーケティングの費用や、スタッフの生産性を高めるような研修費などが該当します。
売上との因果関係を明確にするのが難しいため固定費に含まれていますが、会社の成長に寄与する重要な費用です。
創業期は、一定の割合を投資すると決めて、会社が成長できるしくみを早期に整備していきましょう。
設計事務所の投資的な固定費のイメージ
費目・科目 | 内訳 | 効果 |
広告宣伝費 | HPの制作・更新費用、PRのための撮影、 SNSやリスティング広告の費用など | 集客・売上獲得 |
研修費 | BIMの講習やビジネス研修など、 スタッフ育成のための費用 | スタッフの成長による 生産性の改善 |
新聞図書費 | 建築雑誌や設計資料などの購入費用 | 技術力の蓄積による 生産性の改善 |
接待交際費 | 営業会食などの費用 | 大手企業などの 営業先の開拓 |
設計事務所の変動費の種類、適正な割合は?
設計事務所の変動費は、どのようなものがあるのでしょうか?設計事務所は、仕入がほとんど発生しないビジネスのため、変動費は設備事務所や構造事務所などへの外注費がほとんどです。
設計事務所の売上に対する外注費の割合は、注文住宅の場合は20~25%程度、オフィスビルなどの法人施設の場合は25~30%程度が一般的です。
外注費は、プロジェクトの用途や規模により、異なります。構造計算の有無や技術的なチャレンジをともなうプロジェクトかどうかでも外注費用の割合は変動します。
また、設備や構造への外注だけでなく、意匠設計事務所が意匠設計の一部分を外注することもあります。
プロジェクトを受注する段階で、こうした外注費の割合を予算化して会社に適正な利益が残るようにしましょう。自社からの外注にこだわらず、クライアント(発注者)から、構造事務所や設備事務所などに直接発注してもらうことで、発注者・自社双方にメリットがあるケースもあります。
設計事務所の経営・売上改善につながる費用・お金の使い方とは?
設計事務所の売上は、ほとんどがスタッフの人件費で消えるため、人件費以外の固定費を使うのが苦手な経営者がほとんどです。活きたお金に投資して、安定した基盤をつくりましょう。
売上を増やすためにHPを充実させたり、大手設計事務所やゼネコンと協業できるよう会食などで信頼を獲得していくことも有効です。
また、スタッフの教育・研修も生産性の改善に有効な効果が得られます。例えば、設計者として重要な課題解決スキルの向上にはビジネス研修のクリティカル・シンキング講座などが有効ですし、BIMなどのソフトウェアも、講習会の参加を通じて習得を早めることができます。
中途半端な規模の設計事務所の運営は、経営上のリスクが発生する
設計事務所は、代表も含めたスタッフの合計人数が2~4人規模の時に、経営的に一番不安定な状況に置かれます。
少人数の設計事務所の経営が不安定になる要因として、売上に占める固定費の割合が高く、損益分岐点のハードルが高くなることが挙げられます。
下記の表は、実際の設計事務所をモデルに設計事務所の人数毎に会社に残る利益額をシミュレーションしたものです。売上に対するオフィスの賃料や役員報酬などの固定費の割合が高くなるため、1人あたりが稼げる売上額を必要な固定費が上回ってしまうことがわかります。
人数 | 売上 | 費用 | 利益 | 限界利益 | 固定費 | 人件費 | 1人あたり 限界利益(税抜) |
2人 | 1875万 | 2275万 | ▼400万 | 1500万 | 1900万 | 1200万 | 750万 |
3人 | 2810万 | 2960万 | ▼150万 | 2250万 | 2400万 | 1600万 | 750万 |
4人 | 4000万 | 3750万 | 250万 | 3200万 | 2050万 | 2050万 | 800万 |
5人 | 5000万 | 4500万 | 500万 | 4000万 | 2500万 | 2500万 | 800万 |
このような状況から脱し、会社を成長させるために銀行や政策金融公庫などから融資を受けたり、一定量の赤字を許容しながら投資に廻すという発想が必要です。
少人数の設計事務所の苦しい時期を積極的な投資や営業で乗り切れた会社が、結果的に安定した規模へと成長することができています。
売上を創るための投資で、設計事務所の成長につなげよう
設計事務所は、投資する項目が少なく、多くの設計事務所は利益をきちんとした投資に当てられていません。投資的な固定費に着目することで、設計事務所の成長のスピードを高める効果が得られます。設計事務所の固定費・変動費のポイントは、下記の通りです。
- 会社の費用は、固定費と変動費に分類できる
- 設計事務所の固定費の多くは、人件費が占めている
- 固定費は、人件費・会社運営費用・投資的な費用の3種類がある
- 設計事務所の変動費は、設備や構造事務所への外注費が占めている
- 売上に対する外注費の割合は、住宅系で20~25%程度、法人施設で25~30%程度
- 小規模設計事務所は、投資的固定費に着目し、会社の成長のための投資が必要
このサイトの 3章 設計事務所の経営入門では、設計事務所を経営するための基礎的な知識や、経営判断役立つ管理会計について学ぶことができます。
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